たでぬーの編集記者ブログ

テレビの報道記者→webメディア編集者の24歳が日々更新中。主に転職のこと、社会人大学院のこと、ニュース/コミュニケーションのことを書いています。

【書評】ネットでの選挙活動が解禁 変わったことと変わらなかったこと『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』

 

広告・宣伝がネットを活用できるようになって高度化したように、選挙運動もネット解禁によって大きく変わるのでは?

 

きょうは、こういう素朴な疑問に応えてくれた本『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』(西田亮介)の内容を整理します。

 

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by Financial Times photos

 

公職選挙法が改正され、日本においてネットを利用した選挙活動が解禁されたのが、2013年

初めての選挙は7月の参議院選挙でした(私はもはや、そんなことあったっけ、状態でした。全然覚えてない)。

 

同書は初めての「ネット選挙」が、民意や政治過程にどういう影響を与えたのかを書いています。

なにがすごいって、本の出版が2013年9月。選挙から2か月後。仕事早すぎです。

 

そのためか本書は、アカデミックというよりはジャーナリスティックな視点が全面に出ている感じがしました。

 

ネット選挙に関しては、「ネットが『逆転のツール』になり選挙結果に大きな影響を及ぼすということはなく、予想通り自公の勝利で幕を閉じた」というのが一般的な見解です。

 

ではなぜ日本では、アメリカのオバマやトランプ当選のようなことが起こらなかったのか、日本の選挙においてネットは一体どんなふうに使われていたのかということを、

同書によって掴むことができました。

特に気になった3つのキーワードについて説明します。

 

【目次】

①政治のコンテンツ化

②双方向性の不在

③ノウハウの蓄積

 ①政治のコンテンツ化

本書のキーワードのひとつは、政治のコンテンツ化

既存のメディアやコンテンツプロバイダー企業が、「政治を素材にしつつも政治に詳しくない視聴者も楽しむことができる番組やコンテンツを多数作り始め」、ネット上にアップするようになったといいます。

これについては良い面と悪い面が、両方あるというのが著者の考え。

 投票率という指標で短期間での即効的な効果を見出すことはできなかったが、政治への接点増加とコンテンツの工夫によって、中長期では政治のコンテンツ化は政治の透明化に一定程度貢献するといえる。
 ただし、同時に「政治のコンテンツ化」は、さまざまなネットコンテンツに、ユーザーや視聴者が意識しづらいかたちで、政治的メッセージを織り込むことができるようになるため、その意味では政治マーケティングのチャネルを増加するものである。(p.50)

 

「意識しづらいかたち」でメッセージを織り込む、というのが怖いところです。

たとえばテレビのフォーマットは既によく知られているので、私たちはCMと報道コンテンツの違いが瞬時に理解できます。

 

しかし、Webのフォーマットは世の中に広まって間もない上に複雑極まりないので、どれが広告なのかいまいちわかりづらい

わかったところで、そちらに思考を引っ張られるのを防ぐことができるかといえば、そうでもないかもしれない。(広告とわかっていても、興味がなくても、何度もバナーが出れば認知させられてしまう。)

 

まあテレビの報道・情報番組コンテンツであっても、クライアントの意向がある程度反映されるといったことはあると思いますが……。

 ②双方向性の不在

 著者は、日本の政治・行政の構造的な問題として「双方向性の不在」をあげています。政治家・行政側が一方的に発信するだけで、双方向のコミュニケーションになっていないという点です。

 

しかし!ネットの特徴のひとつが「双方向性」だということを考えると、ネット選挙の解禁によってこの問題を解決できる可能性が生まれる!

 

こうした考えから、解禁後の選挙ではネットを活用した政策論争が起こるのではないかという期待がありましたが、結局、政治家側の一方的な発信ツールにしか使われなかったそうです。

 

一体なぜなのでしょうか。

 

 なんとなく自分が行政ネタを取材をしていたときは、世の中に「国や行政は『お上』という雰囲気が漂っている」気がしていました。

私自身も、そう考えているふしがあります。住民や民間企業は、国の決定に従うものというか……。

こうした「上から与えてもらう」的な発想が変わらない限り、ネットというツールがあってもその双方向性を生かすことは難しいかもしれません。

 

③ノウハウの蓄積

「取材される」政党組織と「取材する」マスメディアを比べたとき、デジタル活用やマーケティング化に関するノウハウが蓄積されているのはどちらなのでしょうか。

 

著者は政党組織の方に分があると考えているそうです。マスメディアは、2013年の選挙報道の時点でも、デジタル周辺の調査を大学や他の企業に「外注」していて、内製化できていないと……。

 

その一方、自民党をはじめとする政党は、民間企業と手を組みながらも、ノウハウを着々と組織にためているそう。

 

報道機関はそこにリソースを割こうにも、日々のやりくりで精いっぱいというのは、メディアにいた身でもわかります。先輩がやっている取材方法を踏襲する、みたいな文化が強く、創意工夫する余裕もない。

 

体力のある全国紙などは体制を整えられるのでしょうが、地方紙、地方局の選挙報道は、この先かなり大変かもしれません。一方でそのノウハウを構築する仕事は、とてもやりがいありそうです。

 

【まとめ】

個人的に、本書から得られたアイデアが2つありました。 

 

まず、私の問題関心は選挙そのものというよりも、「行政と政治の関わり」や「官僚と政治家のコミュニケーション 」の方にあるので、ネット活用によってその領域にどんな変化が生まれたのか調べてみようと思いました。(そんなにすぐに顕著な影響が出るとは思えませんが。)

 

また「政治のコンテンツ化」があれば「行政のコンテンツ化」もあるかもなので、そこも調べてみたい。あてずっぽうですが、コンテンツ化しやすい、成果として見えやすい分野に力を入れるようになったとか、なにか変化が見られるかもしれません。

 

【取り上げた本】西田亮介(2013)『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』NHK出版

 

 

ニュージーランドの教育政策と政治の話①

きょうはニュージーランドの教育政策について。

政権交代をするたびに政策の方向が変化していて、

継続性が見られなくなっているよという話です。

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by Waag Society

具体的には、

初等・中等教育のレベルで2014年から導入されていた

「パートナーシップスクール制度」が

2018年には廃止される事態に。

 https://www.education.govt.nz/our-work/information-releases/informationreleases-from-2018/education-amendment-bill-2018-information-release/ 

 

パートナーシップスクール」とは、

日本でも一時期話題になった「公設民営学校」と似た制度。

保護者やNPOが公立校よりも柔軟な制度のもとで学校を設立することができ、

その費用は税金で賄います。

なので新自由主義的な考え方をする人は賛成。

既得権益が脅かされる教員組合などは、特に強く反対という状況でした。

(MoEのリンクが削除されてしまったので、ソースを探し直します。)

 

政策に影響を及ぼす政治に関しても説明すると、

National party(国民党)とlabour party(労働党)が

交互に政権を担っている状態です。

おおむね2~3期ごとに交代。

New Zealand Parliament - Wikipedia

 

1996年から小選挙区比例代表を併用する制度変更を行い、

連立政権が組まれることが多くなりました。

 

この「パートナーシップスクール」も、

national party と連立政権を組んでいた小政党のact partyが、導入を訴えていたもの。

2013年に法案が通ったと記憶しています。

national partyもactと連立を組まないと議席が足りず政権をとれないので、

要求を無下に扱うわけにもいかないのです。

 

その後政権交代が起き、労働党政権へと変わってすぐに、

「パートナーシップスクール」廃止の法案が提出されたというわけです。

労働党の支持基盤のひとつに教員組合があるので、当たり前の対応です。

 

2014年に初めて学校が開校して、2018年に制度が廃止。

このスピード感は国の規模が小さく、

かつ一院制ニュージーランドならではのものだと思います。

 

気になるのは行政サイドがこの頻繁な変更にどう対応したのかということ。

せっかく整えた制度が4年で白紙に戻るというのは、

けっこう辛いものがありそう。

 

しかし、ニュージーランドの公務員は任期制(確か)で民間との出入りも激しい

物事が速いスピードで変わることに、慣れているのかもしれません。

日本でいう事務次官みたいな立場のchief exectiveにも、

民間でマネジメント経験を積んできた、かつ他の省庁で仕事をしてきた人が多いです。

(このchief exectiveと教育大臣の確執がおもしろかったりもする。)

 

2大政党制で政権交代がきちんと起こるというのは、

なんとなく理想的なようにも見えますが、

特に教育に関しては政策に一定の継続性が必要だと思います。

すぐに結果が出る領域ではないからです。

 

そもそも、自分が1期性で入学した学校が、

4年生のときには存続についてモメ始めている、という状況は

どう考えても子どもにとって心穏やかではありません。

 

実際に、エクストラでスタッフを雇っていた学校が、

国の制度の傘下に入ったらそれを継続できなくなると訴える報道もありました。

Māori charter school fears loss of key staff when it enters state system | RNZ News

 

少数意見を反映させようと、小選挙区比例代表を併用するのはよいのですが、

小政党が力を持ちすぎるという状況になると、

それはそれで今回のようなことが起きてしまいます。

選挙制度ってほんとうに難しいですね。

 

この制度には、ニュージーランド先住民のマオリの問題も絡んでいるのですが、

それはまた別の機会に書いてみようと思います。

【論文精読】自民党のネット活用・情報発信は群を抜いている

きょうは

西田 亮介「2010年代の自民党の情報発信手法と戦略に関する研究」(2016)『社会情報学』5 巻 1 号 p. 39-52の精読を行いました。

 

自民党のネット選挙対策部門トゥルースチーム(以下、T2)に関する考察です。

 

現在の自民党は、「標準化」と「オープン化」という、派閥中心で閉鎖的とされてきた伝統的な自民党像とは異なった特徴をもった「選挙プラットフォーム」になろうとしている。(太字はたでぬー追加)

 

 政党が「選挙プラットフォーム」というのがおもしろいと思いました。

私は卒論で「ニュージーランドの政党の関係が教育政策に及ぼす影響」

のような研究をしていたのですが、

そのときは政党が政治の主人公、という肌感をもっていました。

 

しかしネット時代で状況は少し変わり、

プラットフォームという役割をうまく担える政党が強いのかもと……。

 

強いリーダーと有権者が直接かかわりを持つ、というのは

小泉首相トランプ大統領の例などでよく言われていますが、

そのとき政党がどうなるのかということは、あまり考えたことがなかった。

 

ここでいう「標準化」とは、各候補者の資質から離れて、一定水準以上の 政治活動や選挙運動を比較的容易に実施できるよう促進する支援策を指す。また「オープン化」とは、自民党へのアクセスポイントを、Webなどを通じて広く社会に公開して、働きかけの誘引をもつ主体の自発的なアクセスを促す支援策のことである。

 

アクセスポイントの確保というのは、まさにマーケ的な考え方。

 

論文によると、小選挙区制のもと毎回の当選を追わなければいけない候補者は、

無党派層の支持を集めるために、誰しもがアクセス可能な環境で政策決定が

行われていると思わせなければいけないといいます。

 

こうした「出口」の環境変化が、

官僚と政治家のコミュニケーションにどう影響するのか、

いつごろそれは可視化されるのか、

(まだ霞が関は変わっていないような気もする)

とても気になります。

 

そして、そのドラスティックな変化を

リアルタイムで追うような研究者・政治記者はすごくおもしろそう。

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by citirecruitment

西田先生の本で読んでみたいものに、

「ネット選挙とデジタル・デモクラシー」

「情報武装する政治」などがあります。

すごいペースで本を刊行されている……。

 

それが終わったら、PR・情報戦略最先端のアメリカでの事例や、

各政策領域のコミュニケーションに与える影響(私は教育がバックグラウンドだから)

を勉強したい。

2月くらいにはそこに手をつけ始めたいなぁ……。

 

【論文精読】キャンペーンと「イメージ政治」 ―ポピュリズムの精緻化に関する考察―

2019年1月14日の勉強。

今春入学する放送大学大学院での研究テーマを探るために記録しているものです。

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by liquene

 

キャンペーンと「イメージ政治」 ―ポピュリズムの精緻化に関する考察―

工藤郁子

 

候補者が当選し、または、政権を維持するためのコミュニケーション戦略がまず立案され、その後、戦略に見合った主義主張や政策綱領が定められることも、後述するとおり、しばしば観察されるようになった。イデオロギーや理念ではなく、共感(sentiments) に基づく動員が精緻化しつつある

 

政治・政策のフローに変化が生じているという指摘。

これは、製品のマーケでも同じことが起きているような気が。

モノありきで売り方はその後考えていたのが、

最初から売り方を考え、世の中の好みに合ったものを作ろうという。

日本はものづくりがつよかったから、まだまだモノありきの考えも強いとはいうものの。

 

公約や政策は自身の立場(positions)や政治的決意の表明であるはずである。そのため、利益や 価値観を反映した立場を所与とするのではなく、世論の動向に応じて候補者自らが柔軟に立場を調整するとい うのは、主客が転倒しているようにみえる

 

 

民間企業のモノづくりならそれでいいけれど、政治でそれは順番が逆では?という見方もある。

マーケティングまたは広報の手法が政治的キャンペーンに応用されることで、選出母体の指令に拘束されずに、結果として部分最適を超えた社会全体の利益を反映する可能性がある。

他方、世論の把握や政策決定に至るまでの判断プロセスが必ずしも公開されておらず、不透明であるという課題がある 

 マーケ・PRの手法が政治に利用されることの是非について両面的に書いている。

個人的には「不透明」というのがポイントだと思う。

政治のPRに電通やセールスフォース、ガイアックスなどが関わっていることを知らない人の方が多いだろう。

その会社名すら認知していない人もたくさんいるはず。

 

さらに孫引きになってしまうけれど、西田(2014)の指摘も紹介されていた

高度化する政治マーケティングやパブリック・アフェアーズに関する知見がジャーナリズム の側に十分備わっておらず、十分な監視機能を果たせていないのではないかとの懸念もある

 

マスメディアが一定の力を持ち続けているのはその通りだけど、

それ以外で世の中への影響力を持ち続けている企業があるということが、

一般の人にはあまり知られていないように思う。

 

マーケ先進国アメリカではどうなんだろう。

 

【書評】仕組みを知らずにgoogleに頼ってない? 『グーグル化の見えざる代償』~勉強記録~

googleを使っている人はものすごい数だと思うけれど、

その仕組みを正しく理解できている人ってどのくらいいるんだろう……。

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by Sebastiaan ter Burg

 

きょうは『グーグル化の見えざる代償 ウェブ・書籍・知識・記憶の変容』の書評です。

シヴァ・ヴァイディアナサン著、2012年インプレスジャパンの出版。

 

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書影はamazonより

googleがどのようにビジネスをしているか、

検索の仕組みはどうなっていて、私たちの個人情報はどう扱われているか、

それによって、私たちの生活(知的生活も含めた)はどのように変化しているのか

説明した本です。

 

 

今回は2つを紹介します。

①私たちはあまりに無頓着だった

②プライバシーの問題

 

①私たちはあまりに無頓着だった

たとえば、googleがなぜ、自分の読みたい記事ばかりおすすめしてくれるのか、Facebookが親しい友達の投稿ばかりを上位に表示してくれるのか、

その仕組みについて考えたことはありますか?

 

私は「なんとなくそうなっているな」と気づいたくらいで、

特に関心をもっていませんでした。

本で著者も、そのことを警告しています。

 

p158

毎日の社会的、知的生活の構造に、これらのサービスをあまりにしっかりとすばやくおりこんでいるので、私たちはそうした依存の代償については考えないようになっているのだ。そして、技術に熟練した人たちの多くは、これらのシステムの思いもかけない落とし穴を大胆によけて進むことができるので、圧倒的多数の利用者が、そういう落とし穴や、ユーザーが自由に処理できる技術に気づかないということを忘れている。

 

googleFacebookは私たちの閲覧履歴から情報をあつめ、

利用者に合うように記事や情報をパーソナライズ化しているのです。

 

p249 私たちが使っているウェブは、すでにカスタマイズの豊富なパワーを提供している。(中略)グーグルは、ウェブの検索結果を個人に特化することにより、これらの効果を増幅させている。自分が誰であり、なにを知っているかが検索結果に反映されることで、人によっては、同じ事柄についてまったく異なった理解を持つことになる。

 

つまり、人によって受け取る情報に大きな差が出るということ。

記事だけでなく、広告のターゲッティングにも私たちの閲覧履歴が利用されています。

 googleだって民間企業なので、利益をあげなきゃいけないのはわかります。

私だってもう、googleなしには生活も仕事も成立しません。

でも怖いのは「仕組みを知らずにgoogleに頼っている」ということなのではないかと思いました。

②プライバシーの問題

また、著者が警告するのは、

私たちのプライバシーに対する関心の低さ。 

 

p132

私たちはグーグルを使って検索し続け、アマゾンで買い物し続け、ユーザーの同意と「プライバシー・ポリシー」(実際にプライバシーを保護してくれることはごく稀である)をクリックし続け、私たちを監視する権限を喜んで政府に与えるような指導者たちに賛成し続けている。

 

この厄介な「プライバシー・ポリシー」、同意しなきゃ次に進めないから、みんなもやっているから多分大丈夫だろう、という理由で同意してしまうことが多いですが、

考えてみたら、自分の情報がどう使われているのかということに

あまりにも無頓着だったかもしれないと思いました。

 

また、プライバシーに関する私たちの考え方を変える必要があることも、

著者は以下のように示しています。

 

「プライバシー」という言葉は、私たちが共有している情報の性質ではなく、

情報の管理に適用される用語なのだ。

 

その上で5つの主要な「プライバシー・インターフェース」を紹介。

それは、

 

「個人対仲間」

「個人対権力」(両親・先生とか)

「個人対企業」

「個人対国家」

「個人対公衆」

 

そして「状況に合わせて仮面をつけ替えることや、人々が私たちについて知っていること(あるいは知っていると、彼らが思っていること)を管理することで、それぞれ別個の関係を維持でき」ていたのです。

大人になるにつれ、家族の前で見せる顔と、外で見せる顔、ネットで調べる自分だけの関心ごとはすべて別々のものになっていった、と考えれば、

イメージしやすいのではないでしょうか。

 

しかし著者は、多くのオンライン環境では5つのインターフェイスは混ざり合い、

「公私の法的区別はもはや成り立たなくなっている」と指摘。

GAFAが私たちの行動を追跡して広告や記事をパーソナライズ化し、

そこから利益を得ている限りは

この状況は改善されづらいだろうとしています。

 

p158

チョイスポイント、フェイスブック、グーグル、アマゾンなどは、私たちがくつろいだ気分で自然に振る舞ってほしいのだ。(中略)これらの企業が、私たちのちょっと変わった行動を追跡することに熱心なのは、自分が最もハマっている事柄によって自分を集団から区別するという私たちのやり方を理解しているからである。情熱、偏愛、嗜好、執着などは、私たちの財布の紐を緩めさせ、私たちを正確な販売促進のターゲットにさせる。

 

ネット上の行動が追跡されて個人が格付けされる、みたいなのは

もう中国などで始まっているようですが、

よくわからないうちにそんな生活が始まってしまったら、

かなり窮屈だろうなと想像します。

 

本を通じていちばん強く感じたのは、

世の中って気づいたころには変わっているのかもしれない」ということ。

自分のデータが使われる仕組みがこんなに巧妙に整えられていたなんて

まったく気が付きませんでした。

 

しかしgoogle側はデフォルト設定を変えられるオプションを出しているわけだし、

プライバシー・ポリシーも出している。

わかりづらいだけで。

 

ネットの世界に起こる変化を敏感にキャッチするには、

現実の世界以上にアンテナの感度を高くする必要がありそうです。

今年のGWは10連休!人と違う旅行がしたいなら南太平洋のサモアへ①

お正月休みが終わってしまいました。

毎日眠い目をこすりながら通勤しています。

しかし私たちには、次のビッグウェーブ「GW」が待っています!

10連休もあればちょっと遠出ができると思うので、

私が行った南太平洋の「サモア」について書いてみます。


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↑素朴すぎ

 

LCCが飛びまくり、海外が気軽に行ける場所になった今、

人と違う少しスリリングな旅をするのも難しくなりました。

 

珍しい場所に行ったと思ってSNSに投稿しても、

「ここ行ったことある~いいよね~」とコメントがついてちょっぴり悔しくなったり。

 

しかし私が2016年に行った「サモア」は、

これまで「行ったことあるよ」という人に出会ったことがありません。

地球の歩き方のページも少ししかないし……

まだ先行者利益が残っている穴場とも言えます。


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↑素朴すぎその2

 

ということで、かなり危ないことがあれこれあったサモア旅行について

振り返っていきたいと思います。

裏を返せば、ここに書かれていることをやらなければ、

楽しく安全にサモアの旅を過ごせるはずです。

 

【目次】 

①旅行の日程は?(※)今後追記予定

②空港に着いたときにまず洗礼を受ける

③そしてタクシーへ…

 

サモア旅行の日程は?

私がサモア旅行を思い立ったのはニュージーランド留学中。

オーストラリアやフィジーはメジャー過ぎて嫌で、

珍しい旅行先を探していたところ、

たまたま飛行機が安かったというあまり積極的ではない理由が発端です。

友人A(同じく留学中:小柄で黒目が印象的。しかし石鹸で髪を洗っているらしい)、友人B(同じく留学中:黒髪アジア美人。賢い。)が

 

ちなみに、私たちが行ったのは「サモア独立国」。

小さな島国で、イギリス連邦の加盟国です。

アメリカ領サモアというのもあるので少しわかりづらい。

 

旅行の行程は2泊3日で、

大自然を味わうために郊外のホテルも選ぼう!ということで、

郊外のホテルに1泊、市街地のホテルに1泊することにしました。

予約にはbooking.comを使いましたが、

もちろん、日本人がレビューしているホテルは皆無。

写真とコメントを頼りに、最後は直観です。

 

予約はお友達に任せきりだったのですが、

後にとんでもない悲劇の連続を生むことになったのです……。

 

 

②空港に着いたときにまず洗礼を受ける            


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↑独特な空の色

 


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↑入国審査のカード

 

到着したのは夜。

入国審査まではひとまず順調だったのです。

テクノロジー皆無のカウンターで

丸々と太ったおばさんに「旅行です!」と高らかに宣言したら、

これ以上雑に押せる?ってくらい適当に、

入国スタンプを押してくれました。

 

せっかく日本から出国したときは最初のページにまっすぐハンコを押してくれたのに、

適当なページを開いて70度くらいの微妙な角度で押すのやめてよ!!!

 

もう二度と手に入れられないスタンプかもしれないんだよ……。と思ったり。

 

まあでも、太い指でページがめくりづらそうだったから、黙っていました。

 

これもサモアのお国柄を表す経験かも。

 

そんなこんなで学校の渡り廊下みたいな場所を歩くと

到着ゲートに。

洗礼はここで受けました。

「Taxi? Taxi?」

ドライバーが群がる群がる。

アジア人の女性3人というのも、周りを見渡すといないから、

まっ先に観光客だとわかったのだと思います。

100kgは余裕で超えているであろう男の人たちに囲まれる経験は、なかなかないです。

 

しかし私たちは一枚上手。

ホテルからのピックアップサービスを頼んでおいたのです。

旅慣れてるからね♪


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↑空港。これはお昼に撮ったものなので平和。

右手にタクシーと客待ちのドライバーがずらりと並んでいました。

 

ピックアップに来てくれるはずだったのに、いったいどうしたんだろう。

約束の時間を15分過ぎても来ないので、

日本人らしく焦り始めます。

 

まだぎりぎり明かりをつけていたinformationのお姉さんに電話を借りてホテルに連絡。

友人Aが交渉してくれました。

 

しかしつながらず。

なにがあったんだろう……。

 

途方に暮れていても仕方ないので、誰か優しそうなドライバーはいないか探します。

いちばん若そうな男性がいちばんいかつくなかったので(笑)

ホテルまでの送迎をお願いすることにしました。

けちってWifiを借りなかったことを、本当に後悔しました。

 

③そしてタクシーへ…

周りの大きな(意味通りタテにもヨコにも大きな)大人たちがニヤニヤしながら私たちをじろじろ見てくる。

ドライバーの肩を、大きく叩いてなにか声をかけている人もいます。

「がんばれよ」とでも言っているのでしょうか。

サモア語はまったくわかりませんが……。

 

そして体重が半分以下のアジア女性3人が、不安な顔でタクシーの後部座席に乗り込む。

 

ひとりが助手席に乗らなかったのは、万が一のことを考えていたからです。

友人B「ぼったくられないよね?現金そんなにないよ。」

友人A「もうここまできたら乗るしかないよ……。」

 

空港関係者・ドライバーには、2,3日は語り草になっていた光景だと思います。

 

タクシーは住宅街を走っていく。

町といっても、まばらに家が建っているだけ。

街灯なんてひとつもないので、真っ暗。

 

空にはこんなたくさんあったんだ、と思えるくらいたくさんの星が見えました。

初めて来た場所のはずなのに、なんだか安心する。

星のおかげで空がぼんやり明るい、なんて状況を経験したのは、

後にも先にもこのときだけ。

 

すれ違う車が一台もいない中、私たちのタクシーはあまりスピードも出さず、時速30kmくらいで進んでいきます。

サモアではあまり車はスピードを出さないんだ」と言うので、

そういうものなのかと納得していましたが…。

ハプニングが起きたのはここから。

 

かなり勾配の急な坂を上っているな、という感覚はあったんです。

身体が傾き、内臓が「うっ」となるくらい。

しかもUターンできる道幅ではない。

いつの間にかスピードは、人間が歩くスピードくらいに落ちています。

 

「このタクシー大丈夫かな?」

日本語がわからないので少し大胆に会話します。

「運転下手なんじゃないの?それにしても随分急な坂を登るんだね……。」

しかしそんな余裕もなくなり、私たちもドライバーも無口に。

 

「ガコッ」とすごい音がして、友人たちの身体が私の方に倒れてきました。

車が傾きすぎていて、身体を戻すのもおぼつかない。

「脱輪じゃない?たぶん左後方の車輪が道から外れている……。」

「うそ……。日本でもこんな風になったことないよ。」

車がずるずると下がっていくのがわかります。

 

細い道路の両側は崖のようになっていて、道路から外れると数十メートルの落下は避けられなそう。

ドライバーは必死にアクセルを踏んだりハンドルを回しますが、状況は変わらず。

 

友人A「これ、まずいんじゃない?」

友人B「降りないと車ごと落ちるよ。」

私「でもここで降りても道がわからないよ。スマホも使えないし……。」

友人B「いくらって言われたっけ?もう降りよう。ここから歩こう。」

 

いちばん現実的な友人Bが、泣きそうな声で宣言。

「We get off here.」と叫んで、勝手にドアを開けます。

 

車のライトを頼りにお金を数えているとき、

通りがかりに声をかけてくれた青年がいました。

 

なんと泊まる予定のホテルで働いていた

「道を案内してあげるから歩いていこう」と

歩き始めました。

 

歩いて登るのも急な坂。

彼が私たちの背中を2人ずつ、両手で押してくれる。

 

聞いたところによると、あの道は車では絶対に登れないから、

「知っている」ドライバーなら別の道を使うという。

「じゃあなんで彼はこの道を……?」

~つづく~

鬼怒川はもう飽きた!?リピーターにおすすめの「かご岩温泉旅館」感想まとめ 

 

東京からほど近く、価格帯が安定している観光地、鬼怒川温泉

2回、3回と訪れる機会が多い方もいるのではないでしょうか。

とはいえ景色は変わらず、宿を変えるくらいしか楽しみがなくもう飽きた…。

 

今回はそんなリピーターにおすすめの穴場「かご岩温泉旅館」をご紹介。

1泊した感想をお伝えします。


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【目次】

鬼怒川温泉より近くて安い

・アットホームで落ち着く

・給仕がスーパーフレンドリー

・最もおすすめは朝の散歩

・頼まなくても〇〇してくれる

 

鬼怒川温泉より近くて安い

私たちがここに目をつけた理由は、3連休の前日まで旅行の準備をなにもしていなかったから。

宿はどこも満室で、いろんな方法を駆使して検索した結果、

ここが一部屋だけ空いていました。

 

鬼怒川温泉より手前にあるらしく近い。

そして価格も抑えめ

 

和室で冷蔵庫も共用、

料理も「高級な食材は使っていない」とHPで

あらかじめお断りするだけあって、

エコノミーということで覚悟していきました。

ところがそれはそれでいい味を出していて、

結果的には大満足でした!

 

アットホームで落ち着く

宿に着いたのは午後5時過ぎ。

かなり古めかしいエントランスと、

隣に建てられたダンスホールにびびりながらもチェックイン。


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↑ウェルカム抹茶

部屋数が数えるほどしかないので、館内の説明はとても丁寧でした。

ホールではすでにお夕飯の準備が始まっていて、

テーブルにはお客さんの名前が書かれた紙が置かれていました。

 

そもそも宿泊客が少ないので、お風呂はほぼ貸し切り

内風呂と露天風呂しかありませんが、しっかり温まれるいいお湯です。

脱衣所からお風呂に行くときに階段を通らなければならないので、

ご高齢の方は少ししんどいかもしれません……。

 

給仕がスーパーフレンドリー

夕飯は館内放送で呼び出しがかかり、みんなぞろぞろとホールへ出てきます。

時間を選ぶことはできないので不便という声もあるようですが、

すべて手作業で用意しているようなので仕方ないと思います。


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感動したのは、それぞれの料理のいちばんおいしい食べ方をしっかり教えてくれること…だけでなく、実際に手を施してくれること

 

たとえばしゃぶしゃぶ。

若おかみさん?が

「これはうすピンクくらいが食べごろだからやりすぎないでね……このお箸きれいだから、あーもうこれくらいで大丈夫」

と、私のしゃぶしゃぶお鍋を管理してくれました(笑)

 

外国人カップルには、焼きアユの食べ方をレクチャーしていたり、

「料理ってお皿を並べて終わりじゃないんだなぁ」と気づかされました。

 

そういう心遣いが嬉しい人にとっては、満足できる宿だと思います。

 

最もおすすめは朝の散歩

そしてすごくよかったのが早朝の散歩。

この旅館の由来にもなっている「かご岩」を見に、

宿から10分くらいのお散歩へ

川を渡らなければいけない場所があるので、館内のクロックスを借りていきましょう。

 

それだけでなく、岩を登らなければいけなかったり、

背の高い草をかき分けて進まなければいけなかったりと

けっこう険しいですが

そういう機会って大人になってあまりないのでテンションアップ。

ただひとりで行くのは危ないです。


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絶景!

空気がしまっていて、かつ車が通るような場所じゃないから澄んでいて、

清々しさマックスでした。

夏だったら、足を浸して遊べたのですが……。

 

さらにいいのが、周囲にだれもいないこと。

宿泊客が少ないので、めったなことではタイミングがかぶりません。

大自然を独り占め!

カップルには特におすすめです。

しかし寒い…。

山々をバックに写真を撮って退散し、すぐさま朝風呂にダイブしました。

 

地図を確認する限り、この周辺に他の旅館はないので、ここをお散歩できるのは

かご岩に泊まったときだけです。

鬼怒川温泉の、一味違った過ごし方になるのではないでしょうか。

 

頼まなくても〇〇してくれる

この旅館でいいなと思ったサービスのひとつが、「頼まなくても記念写真を撮ってくれること」。ごはんの席でも、チェックアウトした後も「記念写真撮りましょう」と旅館の方から声をかけてくれます。

しかもチェックアウト後は、お店のロゴ前とベランダの絶景ポイントの2か所で、

各2テイクくらい撮ってくれる。


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↑こんな感じ

ご年配の夫婦にも、親戚一同で集まった方にも、全員に声をかけているみたい。

「写真撮ってもらえますか?」を気軽に言える人なら問題はないのかもしれませんが、

タイミングを見ていて結局頼めなかったり、そもそもなんか恥ずかしくて食べ物と景色の写真だけが残ったり……ということは旅行にありがちだと思うので、

素敵な心遣いだなと思いました。

 

感想まとめ

手作り感が好きな人にとっては、

ここは泊まる価値があると思います。

もともと田舎出身の私は混雑が嫌いで、久しぶりにゆっくりしたいなぁと常々感じていたので、

ちょうどよい機会でした。

以上、「かご岩温泉旅館」のレビューでした!