マスコミの中の人

テレビの報道記者が書きたいことを書いています。あ、でも転職するんだった!次は出版社です。

【短編】付き合うって彼氏と彼女で同じ意味なのかな?  

カクヨムで昔書いていたもの。

引っぱってきました!

札幌とか仙台の地下鉄が好きで、

いつかお話を書きたいと思っていました。

 

★読んだらあなたは、きっと相手を、もっと大切に思える★

 

付き合うって、どういうこと?
一緒にしていることのはずなのにその意味は、
彼氏と彼女でちょっと違っているのかも。

喧嘩しちゃったとき、相手をもっと大切に思いたいときに読んでほしいです。

同棲前のカップルの短編。

 

【付き合うって彼氏と彼女で同じ意味なのかな?】

 


札幌の地下鉄、特に東豊線はちょっと不便だ。

本数がとにかく少ない。

8分に1本。

なんの用事もない昼下がりならそれでもいいのだが、いまは困る。

 


じゅんさんを待たせているから。

 


きょうも発車の時間を知らせる電光掲示板を見て

エスカレーターを駆け降りた。

ハイヒールがカツカツカツと鳴る。

仕事の道具が入ったリュックが誰かにぶつかり、

すみませんと顔も見られず謝った。

 


けれどもドアを閉めるチャイムの音が聞こえてきて、小さくため息をつく。

また8分待たないといけないのね。

いろんな人が、スマホをいじりながらゆるゆると歩いてくる。

そこでやっと、

ああこういうことをしているから、ヒールがすぐ傷むんだ、と気づく。

 

 

 


じゅんさんとは、付き合ってもうすぐ1年になる。

5つ年上の27歳。

生まれてからずっと東京育ち。

生物学で修士を取って就職し、

配属されたのが札幌だったみたい。

すぐにでも同棲したいと思いながらも、

具体的に家を引き払うことを考えたら、

いろいろな意味でもう戻る場所がなくなるのだという気持ちになり、

結局週に2回くらい、おたがいの部屋に泊まっていく生活が続いている。

 


今日は私が、じゅんさんの部屋に泊まる番だった。

「いまから帰るね」

とりあえず連絡を入れる。

画面を見つめていると、すぐに既読がついた。

「お疲れ様、先にお風呂入っちゃったよー」

 


やっとホームに入ってきた電車は、窓ガラスが曇っている。

不便なところのもうひとつは、車両の狭さ。

席の両側にあるつり革にそれぞれ人がつかまると、

背中や荷物がぶつかってしまう。

リュックが邪魔になるなと思いながら、

前にもっていく気力も残っていないことが多い。

 


地下鉄だから当たり前だが、

窓から見える景色は365日、朝も夜も同じ灰色の壁だ。

でも車内に充満する労働を終えた人々の埃っぽさと、

お酒臭さが混じったにおいが、

もう眠りにつくべき時間なんだと私に教えてくれる。

 


早く、降りたい。

じゅんさんのにおいを嗅ぎたい。

毎日おんなじにおいがするけれど、これに限っては同じがいい。

 

 

 


アパートに帰る。

靴を脱いで、部屋に通じるドアを開ける。

 


真っ暗?

今日は泊まりに行くと伝えていたはずなんだけど。

LINEの返事だってきていたし。

 


何度か名前を呼びながら寝室のドアを開けると、

じゅんさんはもう布団に潜り込んでいた。

 


布団の盛り上がったところが、もぞもぞと動く。

 


ななちゃんおかえり。

 


んんー、と小さなうなり声のあと、じゅんさんがしゃべった。

布団の横に座り込んだ私の左腕を掴んで、布団に引っ張り込んでくる。

 


着替えていないのに、と思いながら、

もうすでに暖まっている布団に入り、横たわった。

 


頭を、両腕でがっちり抱きかかえられる。

厚い胸板は気持ちいいけれど、

じゅんさんのパジャマのボタンが顔に当たって少しだけ痛い。

 

 

最近やっと、責任感が出てきたんだ。

 


目をつぶりながら、じゅんさんがまたしゃべる。

 


ななちゃんにはあんまり苦労しないで、暮らしてほしいんだよ。

抱き抱えられた頭の上から、声が降ってくる。

 


酔っているのだろうか。

今日の飲みの席で、上司になにか吹き込まれたのだろうか。

 


課長だって3人も子どもがいるんだよ。

男の子2人と、女の子1人。

ということは僕らにもそれくらいの余裕はあるはず。

あるよね。

 


僕、札幌支社ではいちばんデキるやつだから。

稼がなきゃ。

 


言いながら、じゅんさんの腕の力は緩んでいく。

頭を丸めるようにして私の胸にぐりぐりと押し付けてきて、

ちょうどさっきと逆のポジションになった。

 


強がる言葉と甘えてくる身体。

正直なのはもちろん後者だろう。

 


私だって自分で稼ぐし、自分の幸せには自分で責任を持つ。

そんなに思い詰めることなんてないよ。

 


そう言おうとして、とどまった。

 


私は本気で、じゅんさんを幸せにしようとしたことはあっただろうか。

 


それが義務とか使命だというような強い気持ちになったことはあっただろうか。

 


自分以外の誰かのことを守り、幸せにする。

それがどれだけ切実で、緊張を伴うことなのか。

 


想像することはできても、その気持ちを味わったことはない。

 

 

付き合う、というのは2人でしていることだけれど、

その意味するところは、じゅんさんと私でたぶん違っている。

私が守られていると感じる安心の分だけ、

じゅんさんは緊張をまとっているのかもしれない。

 

 

性別を乗り越えられない、

というのはこういうことなのかもしれないと

なんとなく思った。

 


切ない。

でも、だからこそもっといとおしくなった。

じゅんさんの硬めの髪の毛を、お米を研ぐときのようにわしゃわしゃ撫でる。

 


そうするとじゅんさんのにおいが届いてきて、

思わず大きく息を吸い込んだ。

 


また撫でてくれる?甘えてもいい?

でれでれっとしてきたから、

いいよ、いくらでも撫でてあげるって答える。

 


そんなに甘えたら、仕事にならなくなっちゃうよ。

新商品の企画が動きだして、いまが大切なときなんだよ。

 

 

じゅんさんのほっぺたを触ると、赤ちゃんのように柔らかく暖かい。

触りながら、じゅんさんが纏った緊張感のことをもう一度考えた。

 


冬の朝に、きん、と冷えた薄氷。

よくみるとその下には、凍りきっていない水が流れている。

 


きょう、そこに小さく傷がついて、ほんの少しだけ溶けた。

 

 

忘れないようにしよう。

けんかしたとき、会えない時間が続くとき、きょうのことを思い出そう。

そう思った。

 

 

 

 

声がするから目を開けた。

薄日のさす部屋で彼が私を見下ろしている。

 


まだ寝てる?僕もう行くね。

 


昨日のあれはなんだったんだ、と思うほど、仕事に行く男の人の顔だった。

せっかく甘えてくれたのにな。

ぼんやりふわふわした頭で、ともさんを

玄関まで見送った。

いってらっしゃい。

 

 

 

 

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885096559