たでぬーの編集記者ブログ

テレビの報道記者→webメディア編集者の24歳が日々更新中。主に転職のこと、社会人大学院のこと、ニュース/コミュニケーションのことを書いています。

報道記者として北海道の地震を経験した話①

自分の身にだけは起こらない、と
知らず知らずのうちに思っていたことが、起きてしまった。
 
午前3時8分の地震です。

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by Ryan McGuire

 
私が報道記者として赴任している地域には、大きな被害はなかった。
だからこの時間には取材を終えて、パソコンに向かうことができている。
 
でもここからすぐそばにある大切な町が、変わり果てた姿になっている。
知り合いの記者が、カメラマンが、いまも現場を走り回っている。
 
 
停電がまだ続いていて、夜は長い。
だからきょうは、この地震で感じたことを書いてみようと思います。
 
 
 
**********
 
なんか揺れているな、と思った。
震度4くらいだろう、とも。
寝てしまおうとしたけれど、
スマホが何度も通知音を鳴らしている。
 
「実家は大丈夫?」妹からのLINEだった。
気になって震度の地図を見る。
生まれた街のまわりに、5,6,5,6…
見慣れない数字ばかりが並んでいる。
 
これは取材だ
会社に行かなければ。
 
電気のスイッチに手を伸ばす。
つかない。
そんなに揺れていないのに、なんで。
 
仕方がないので昨日脱ぎ捨てていた服を拾い集めて、身に着ける。
暗くてブラシもファンデーションも見当たらない。
寝起きの顔と髪のまま、リュックを背負い家を出た。
 
報道記者をしていると、
誰よりも早く現場に着くのはとても大切なことだといわれる。
事件でも、災害でも、
早く着くほど現場がそのまま残っていて、状況がよくわかるからだ。
濃い情報を伝えるためには、初動が速いことはマスト。
だから最初は嫌だったすっぴんでカメラの前に立つことも、
いまでは「速さに代えられない」と思っている。
 
停電はあまりにも真っ暗で、黒い壁に四方を取り囲まれているみたいだった。
それでも、自分の周りでなにか起きていないか目を凝らす。
消えた信号機。やたらと大きく響く車のエンジン。
カメラマンと2人で、なにを撮ればいいか考える。
 
そうしているうちに夜が明けてきて、
そういえば私の家も停電なんだということを思い出す。
いろいろ溶けだして、水浸しになっていたらどうしよう。
きのうアイスクリームを食べておけばよかった、なんて考えた。
 
スマホは通知がずっと鳴りやまない。
主戦場の街【札幌・厚真】で取材を続ける記者たちが、
チャットで情報を投げつづけているからだ。
写真、数字、文字…
ピカピカ光るスマホのランプ。
 
少しすると、テレビの画面に知った顔がどんどん出てくる
入社1年目の記者も、ひとりで現場を駆けずり回っている。
 
情報収集は現場で行うものだけではない。
市町村にひとつずつ電話をかけ、ケガ人の発生やトラブルについて聞き続ける、
内勤の記者もいる。
 
下手をしたら現場よりも大変。
30か所でも、40か所でも電話をかける。
情報のアップデートが必要だから、それを何周もする。
かけた相手からは当然イライラされる。 
「まだわからない」「何度も同じことを聞くな」と。
 
そうした情報をひとつにまとめて原稿にする人。
四方八方から送られてくる映像にひとつずつタイトルをつけて整理する人。
 
こうやって、1分間のニュースができる。
 
発生から12時間が経った。
被災者の方に中継で話を聞くような場面もこのくらいのタイミングから増え始める。
それを見る時必ず、私は思い出してしまう。
 
「我が物顔で被災地に入り込んでいる」
「避難所を荒らしてまで伝えることなのか」
 
マスコミの取材姿勢に対して、ネットにあがる意見だ。
「中の人」になった私だけれど、
それがその通りなのかどうなのか、いまもわからない。
 
確かに、センセーショナルに伝えすぎている側面はある。
現場の記者が興奮してしまって、危なっかしい言葉づかいをしていることもある。
 
でもニュースを作る現場では、誰も手を抜いていないと私は感じる。
なにを伝えるべきか、そしてそれがいちばん伝わる方法はなにか、みんな考えている。
ものすごいエネルギーと努力量が、そこにはある。
 
でもそんなにギリギリな努力をしてできあがったニュースが、
世の中の求めるものとずれてきているのだとしたら、
それはやっぱり変わっていかないといけないだろう。
 
※発生時刻の3時から取材していて、勢いで書いた。眠い。明日になったら違うこと考えているかも…